訃報に接して、

全国的にも屈指の名湯 山形県上の山温泉葉山の 名月荘
創業者 菊池さんの訃報を知らされました、残念です。
K’s アンティーク仙台桂店当時からの常連さんでした、
アンティークを観る目は いつもキラキラ輝きその選定眼の素早さ!
驚きの連続でした。
特に 経営者としては人間味に溢れ 妙にK’s には特段の心配りを頂き
事あるごとに助言を授かりました、
私が引退を決めた折には、すぐに私を呼び
新生 名月荘 オープンに寄せて、と題したお客様への挨拶文を手渡してくれました、
感謝、感激、感動、再びこの道を行く!、これがタイトルでした
こんな若輩者の私に 経営とは何ぞや を教えてくれました、
誰しもある年頃になれば 自分の余生はかくありたいと 具体的人物像を思い描くものです、
私にとって その第一人者が 名月荘 菊池さんでした、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この文章は生前 菊池さんがインタビューに答えた自分史です。
幸せな私
まぁでも、振り返れば約40年――。葉山ホテル時代から日常的に問題意識を持ったり、アンテナを立てヒントを得ようと動いたりしてこられたのはやっぱり自分の旅館が好きという気持ちが源にあるからでしょうね。
実際、この旅館には私の色や好みが色濃く反映されているわけですが、父親譲りで建築が好きな私にとって、好きなものを旅館として形にできるのだからすごく幸せですよ。だって、自分の思い通りのものを作れるんだもの。
逆に言えば、自分の得意なものじゃないとダメだし、無理したって続かないでしょうから。私は人付き合いが苦手なので、お客さんの顔は全然わからないんです。恐らく10人もわからない。しかも、お見送りとか出迎えも一切したことがありません。本当は、それっていけないことですよね。でも、ある時割り切っちゃったんです。だって、苦手なものは苦手。できないんだもの。顔をしかめて笑っているわけにもいかないしね~。(笑)言い訳なのかもしれませんけど。いや、2、30年前のこと。あつみ温泉のたちばなやさんに行った時、当時70歳くらいになる旦那さんが背広姿で部屋の前まで来て「いつもありがとうございます」とご挨拶されたのを見て、すごくかっこいいなと感じた私は、いずれ自分も60歳になったら同じように…とは考えていたんですよ。でも間もなく70歳を迎えるのに、やっぱりダメだね〜。今も踏み出せていませんから。
――そもそも小さい頃から社交が苦手で、人間が嫌い。大学を卒業して山形に帰って来たのも、新たな環境で人間関係を構築するのが嫌だったから。東京で就職しようなんていう考えは微塵もなかったし、経理部につとめたのもあまり人と関わらなくて済むからなんです。経営者になったとしても、その質は変わらず。お客さんの前には姿を現さず、よくジーパン姿で庭の草むしりとかをしているから、事情を知らないお客さんなんかは「あの人は何者なのか?」と訊く人はいたようです。今ではそういう私の人物像がお客さんにも定着したおかげか、訊く人はいなくなったみたいですけど。まぁそこは仕方ないんだな…。
やっぱり、自分の思い通りのものを作れることが人間にとって一番幸せじゃないですか。生きていく上でそれくらい励みになることはないでしょう。そんでもって、人に喜んでもらえるんだから、こんないい商売はないですよね。まぁ自己満足なのかもわかりませんが。今でも旅館には毎日出勤だし、休みはありません。けれど好きな場所に毎日いられるのだから、私はとっても幸せですね。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ー
読めば読むほど、アァー 似た者同志だったんだ、と悔まれます
心よりご冥福をお祈りいたします。



























































































































































































































































